親の葬儀費用を親のお金で払えるか|口座凍結の前に知っておくこと
筆者は本記事で扱うサービスの利用経験・利害関係はありません。本記事は自治体・省庁の公式情報と公開データを整理したものです。
親の葬儀費用を親のお金で払えるか:口座凍結の前に知っておくこと
まず前提の訂正から。「口座凍結」という法律上の手続きは存在しません。金融機関が名義人の死亡を把握した時点で、その口座の入出金を停止するという実務上の取り扱いを、一般にそう呼んでいます。一方で、遺産分割が終わる前でも一定額を単独で払い戻せる制度は民法にあり、同一の金融機関につき150万円が上限です(民法第909条の2、平成30年法務省令第29号)。ただし使い方によっては相続の選択に影響し得るため、判断の前に金融機関と弁護士に確認してください。
① 「凍結」は制度ではなく、実務の呼び名
この記事で最初に外しておきたい誤解が3つあります。
- 役所に死亡届を出すと、自動的に銀行口座が止まる——そう定めた法律の規定を、当サイトでは確認していません
- 凍結には決まったタイミングがある——金融機関がどの時点で・どの情報をもって死亡を把握するかは、各金融機関の運用です。当サイトは各行の内部規程を確認していないため、断定しません
- 凍結されたら葬儀までお金は一切動かせない——後述する民法の制度があります
したがって本記事は、「いつ止まるか」ではなく、**「止まった場合に制度上どういう道があるか」**だけを、条文の原典に当たって書きます。実際の取り扱いは、親が口座を持つ金融機関に直接お尋ねください。
② 制度としての例外:遺産分割前の払戻し(民法第909条の2)
2019年施行の相続法改正で、遺産分割が終わる前でも相続人が単独で預貯金を払い戻せる制度が設けられました。条文はこうです。
各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の三分の一に第九百条及び第九百一条の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた額(標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする。)については、単独でその権利を行使することができる。 この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。
(民法第909条の2・出典:e-Gov法令検索・2026-08-17確認)
条文の中に「平均的な葬式の費用の額」という文言が入っていることに注目してください。この制度は、まさに葬儀費用のような当座の支払いを想定して作られています。
上限額は150万円(法務省令に一文だけ書かれている)
条文が言う「法務省令で定める額」は、独立した省令で定められています。省令の本文は事実上この一文だけです。
民法第九百九条の二に規定する法務省令で定める額は、百五十万円とする。
(民法第909条の2に規定する法務省令で定める額を定める省令〈平成30年法務省令第29号〉・出典:e-Gov法令検索・2026-08-17確認)
計算式(法務省の公表どおり)
法務省は改正の要点として、計算式と上限の適用単位を次のように公表しています。
各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち、各口座ごとに以下の計算式で求められる額(ただし、同一の金融機関に対する権利行使は、法務省令で定める額(150万円)を限度とする。)までについては、他の共同相続人の同意がなくても単独で払戻しをすることができる。 【計算式】単独で払戻しをすることができる額=(相続開始時の預貯金債権の額)×(3分の1)×(当該払戻しを求める共同相続人の法定相続分)
(法務省「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律(相続法の改正)について」・出典:法務省公式ページ・2026-08-17確認)
読み方を分解します。
- 計算は口座ごとに行う
- ただし同一の金融機関に対しては合計150万円が上限
- 掛かるのは自分の法定相続分。相続人が誰と誰かで結果が変わる
たとえば「相続開始時の残高×3分の1×自分の法定相続分」が150万円を超えても、その金融機関からは150万円までです。**「残高の3分の1が引き出せる」ではありません。**ここは誤って紹介されやすい箇所です。
なお、この制度で払い戻した分は、遺産の一部分割で取得したものとみなされます(民法第909条の2後段)。つまり最終的な分け方の計算に反映されます。「もらい得」にはなりません。
③ 家庭裁判所を通す方法もある
150万円では足りない、あるいは要件に当たらない場合の道として、法務省は保全処分の要件緩和も挙げています。
預貯金債権の仮分割の仮処分については、家事事件手続法第200条第2項の要件(事件の関係人の急迫の危険の防止の必要があること)を緩和することとし、家庭裁判所は、遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合において、相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権を行使する必要があると認めるときは、他の共同相続人の利益を害しない限り、申立てにより、遺産に属する特定の預貯金債権の全部又は一部を仮に取得させることができることにする。
(法務省・上掲ページ・2026-08-17確認)
こちらは家庭裁判所への申立てが前提であり、葬儀の日程に間に合う手段ではありません。実務的な選択肢としては、②が現実的です。
④ 【重要】相続放棄を考えているなら、使う前に弁護士へ
ここは本記事で最も注意が必要な箇所です。民法には次の規定があります。
次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。 一 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第六百二条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。
(民法第921条第1号・出典:e-Gov法令検索・2026-08-17確認)
そして相続の承認・放棄には期限があります。
相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。
(民法第915条第1項・出典:e-Gov法令検索・2026-08-17確認)
**個別の行為が第921条第1号の「処分」に当たるかどうかは、法的な評価が必要な問題であり、本記事では判断しません。**親に借金がある、資産の全体像が分からない、相続放棄や限定承認を検討している——このいずれかに当てはまるなら、**預貯金を動かす前に弁護士に相談してください。**期限が3か月であることも併せて意識しておく必要があります。
⑤ 現実に多い順番:立て替えて、領収書を残す
制度の話を踏まえたうえで、実務としていちばん多い順番を書きます。
- **喪主(または家族)が葬儀費用を立て替える。**国民生活センターの集計では、葬儀サービスに関する相談の平均契約購入金額は2025年度で約109万円でした(n=3,762・2026-08-17確認)。トラブル相談の平均額であって相場ではありませんが、立て替えの規模感の参考にはなります
- **領収書を原本のまま保管する。**これは精算のためだけではありません。**葬祭費・埋葬料の申請に、葬儀社の領収書が使われます。**新宿区は「葬祭を行った際に発行される領収書(原本)」を申請書類に挙げており、横浜市も喪主の確認書類として葬儀店の領収書・請求書・会葬礼状等を挙げています(いずれも2026-08-16確認)
- 葬祭費・埋葬料を申請する。30,000〜70,000円が戻ります(→ 葬祭費はいくらもらえるか——6都市の実額一覧(3万〜7万円)/会社員だった親が亡くなったら——健康保険の埋葬料5万円と退職後3か月ルール)。ただし新宿区は「申請から支給まで約1カ月半かかります」としており(2026-08-16確認)、支払いには間に合いません(→ 葬祭費の申請期限は2年——時効で消える給付金の申請手順)
- 相続手続きの中で精算する
支払いを小さくしておくこと自体が、この問題への最も確実な対策でもあります。火葬料は自治体の公式料金で決まっており、直葬なら実質負担はおおむね13万〜17万円という試算になります(→ 直葬・火葬式の実額——公営火葬場を使うと総額いくらか)。互助会に加入していれば充当できる可能性もあります(→ 互助会の積立で葬儀費用はまかなえるか——前払式の仕組みと実額)。
⑥ 金融機関に聞くべきこと(3つだけ)
窓口では、次の3点を聞けば足ります。
- 死亡を届け出た後、この口座はどう取り扱われますか(必要書類と手続きの流れ)
- 民法第909条の2の払戻しに対応していますか。必要書類は何ですか(戸籍謄本等の範囲は金融機関により異なります)
- 公共料金などの口座振替は、どの時点で止まりますか
**ネット上の一般論ではなく、その金融機関の回答が正解です。**当サイトは各金融機関の運用を確認していないため、必要書類・所要日数は書きません。
よくある質問(FAQ)
Q1. 死亡届を出す前なら、親の口座からお金を下ろしてよいのですか? 本記事では推奨も否定もしません。相続財産の処分に当たるかどうかは法的な評価が必要で(民法第921条第1号・2026-08-17確認)、事情によって結論が変わり得ます。弁護士にご確認ください。
Q2. 150万円は「1人あたり」ですか、「1口座あたり」ですか? 法務省の公表では、計算自体は各口座ごとに行い、同一の金融機関に対する権利行使が150万円を限度とされています(2026-08-17確認)。複数の金融機関に口座がある場合の取り扱いを含め、具体的な適用は各金融機関にご確認ください。
Q3. 相続人が私一人でも、この制度を使う必要がありますか? 相続人が1人の場合の手続きは、共同相続を前提とした民法第909条の2とは前提が異なります。必要書類も含め、金融機関にご確認ください。本記事では断定しません。
Q4. 遺言があった場合はどうなりますか? 遺言の有無・内容によって預貯金の扱いは変わり得ます。本記事は遺言がある場合の取り扱いを整理していません。弁護士または金融機関にご確認ください。
Q5. 葬儀費用は誰が負担するものですか? 誰が最終的に負担するかについては、当サイトで整理できていない論点です(裁判例の評価が関わります)。本記事で扱えるのは、当座の支払いをどう用意するかまでです。家族間で先に合意しておくこと、そして領収書を残しておくことをおすすめします。
※本記事は条文および法務省・自治体の公表資料を整理したものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。条文は2026年8月17日、自治体の記載は2026年8月16日時点で確認したものです。預貯金の取り扱い・必要書類は金融機関ごとに異なります。相続放棄・限定承認の検討、遺言がある場合、相続人間で意見が分かれている場合は、必ず弁護士および金融機関にご相談ください。
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出典
- 民法(明治29年法律第89号)e-Gov法令検索 (2026-08-17 取得) 第909条の2(遺産の分割前における預貯金債権の行使=相続開始の時の債権額の3分の1に相続分を乗じた額について単独で権利を行使できる/法務省令で定める額を限度)・第915条第1項(相続の承認又は放棄は自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内)・第921条第1号(相続財産の全部又は一部を処分したときは単純承認をしたものとみなす)
- 民法第909条の2に規定する法務省令で定める額を定める省令(平成30年法務省令第29号)e-Gov法令検索 (2026-08-17 取得) 「民法第九百九条の二に規定する法務省令で定める額は、百五十万円とする」(全文がこの一文)
- 法務省 民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律(相続法の改正)について (2026-08-17 取得) 「⑵ 遺産分割前の払戻し制度の創設等」の要点。単独で払戻しをすることができる額=(相続開始時の預貯金債権の額)×(3分の1)×(当該払戻しを求める共同相続人の法定相続分)/同一の金融機関に対する権利行使は法務省令で定める額(150万円)を限度/家事事件手続法第200条第2項の要件を緩和する保全処分(仮分割の仮処分)
- 国民生活センター 依然として多い葬儀サービスの料金トラブル 報告書本文[PDF] (2026-08-17 取得) 2025年度の平均契約購入金額は約109万円(n=3,762)。相談者の平均年齢62.7歳・50歳代からの相談が最多
- 新宿区 葬祭費(0歳〜74歳) (2026-08-16 取得) 「葬祭を行った際に発行される領収書(原本)」が申請書類。「申請から支給まで約1カ月半かかります」
- 横浜市 葬祭費の支給 (2026-08-16 取得) 喪主の確認ができる書類として葬儀店の領収書・請求書・会葬礼状・火葬代の領収書等
最終更新: 2026-08-17